プライベート・ダンジョンvol.2

未だ経験がないのだが、SMするなら地下室がベストであろうという考えがある。

この道の先達は私的なSM空間のことをdungeon(ダンジョン)と名付けたが、dungeonの和訳とはすなわち地下牢であり、俺たちのような人種はどうも本能的に地下の空間に惹かれるようだ。

アメリカの映画を観ているとしばしば地下室が登場するが、あれが羨ましくて仕方がない。

「羊たちの沈黙」では庶民的と思われるレベルの民家に地下室があったし、おまけに古井戸付きだ。

タランティーノのパルプフィクションでは地下でSMそのものに男を飼っていた。

(あの拘束服といい、不気味なシーンではあったが)

ことアメリカでは、地下室というのはそんなに珍しくないスペースなのだろう。

以前、友人が家を新築する際、狭い土地を有効活用すべくできるだけ床面積を広くとろうとした。

住宅地であり日照権の問題があるので上へ延ばせるのは三階止まりで、それでは下に延ばしてくれと設計士に頼んだそうだが、地下になるととたんに坪単価が跳ね上がり、結局断念したという話を聞いた。

配管やら換気の問題も予算さえあれば地下OKということなので、結局、日本で地下室を持つには収入の問題が絡んでくる。

俺が理想とする石畳の地下室など、坪単価は一体いくらになるのだろう?

アメリカと同様、ヨーロッパも地下室は一般的なイメージがある。

ワインセラーなんてだいたいが地下ではなかったか?

日光を遮断され、適度な湿り気を含んだひんやりとした空気がワインの貯蔵にはいいのだろうが、そんな空間はまた格好のSMの場でもある。

少々こだわったことを言うと、太陽光では女体に陰影が出ないが、室内の、それも天井からではなく横の壁面から当たる灯の陰影がSMには実によろしい。

その灯が電気的なものではなく、蝋燭、あるいは灯油やホワイトガスだったりすると、炎がチラチラと大小するにつれ女体の陰影も微妙に変化し、いつまで眺めていても飽きない。

酒飲みならば格好の肴になるだろう。

それに比べて、俺たちがプレイしている空間というのは天井からの照明が当たるスペースがほとんどなので、これはかなり面白味に欠ける。

その照明自体表情の乏しいものであり、輝度を落としてみたところでそこに表れる陰影は無機質だ。

SMには「照明」でなく「灯」、そして「天井」より「壁面」がいい、と常々思う。


みなさんの中にアウトドア好きはいるだろうか?

もしそうなら、物置の奥にコールマンランタンの一つや二つは眠っていることだろう。

一度荷物に余裕のあるときに、それを持参してラブホテルにでも持ち込んでみるといい。

ランタンに点火したら部屋の電気を全て消す。

チラチラと揺れる灯りの雰囲気により、ちょっとしたサド男爵の気分が味わえるだろう。

蝋燭でもいいが、輝度が低いのでそれなりの本数が必要になる。

俺がこうも灯りに敏感なのは昔から趣味で写真をやっているせいだろう、きっと。

「画家には絵の具があるが、我々には露出がある」とはロバート・キャパの名言。

そんな灯、そして湿気や冷たい空気といえば地下室に限るが、ここ日本でもそれに代替え可能な魅力的スペースがある。

蔵だ。

一般的とは言い難いが、あるところには結構あったりする。

蔵といえば一昔前のお仕置きや折檻、要するに悪さした子供を閉じこめるという役割もあったが、これこそ地下牢の代替であり、いかにもSM的だ。

中は梁も豊富なので、緊縛的にもかなり楽しめる。

かの江戸川乱歩も自宅の蔵をこよなく愛した一人だが、これは氏の作品からも大いに頷ける。

駅への途中に蔵が一つ見えるのだが、あれを目にすると朝からSMのことに頭が行ってしまってどうもいけない。

最も、駅に着くまでには、いつかは妖しげな空間を持てるように今日も仕事頑張ろ、という方向にその思いを転化させているが。

shadow

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