タイトル:紳士淑女
昨年末、某SMパーティーに招待して頂いた。
最近ではこの手のお誘いは専ら電子メールが主流なのだが、その招待状はセピア色したカトリック調のクラシックメールであり、封を切るとただ「12月・・日午後6時、・ ・・・・・・・・・の・・・号室にてお待ちしております。どうぞお気軽にご参加下 さい。主催者A」とあった。
はっきり言って私はこの手の集まりにはほとんど参加しない。
もともとが一匹狼的な性分であり、自分がある程度の技術を得た時点で他の調教師連中とはあまり交流を持たなくなった。
しかしながら、今回の主催者は私の住所を知っている程に懇意にして頂いている人物でもあったので無下に断るわけにもいかず、もし本人が読んでいれば気を悪くされるかもしれないが、不承不承参加のメールを自筆で返信した。
そして当日、どちらかといえば私の心の中ではその日のメインともいえる昼間の用事を片づけて、招待状通りの軽い気持ちで一人ふらっと参加した。
スイート・・・号室。
ドアを軽く二、三度ノックすると今日のホストであるAさんが笑顔で迎えてくれた。
私とて安ホテルのスイートには何度か泊まったことはあるが、さすがに・・・・・・・のスイートとなると格が違う。
その雰囲気に圧倒されながら中に通されると「しまった!!」、思わず心の中で叫んだ。
男女共に皆、正装なのだ。
おまけにホストであるAさんの愛奴であり、かつ奥さんでもあるB夫人は、床に触れるには余りにゴージャスなドレスに身を包みながらも、土下座して「ようこそいらっしゃい ました」と私を歓迎してくれる。
「しまった、しまった!!」
私は更に心の中で連発した。
皆の正装に比し、私はといえばよれよれのリーバイスに何の変哲もない青のコットンシャツなのだ。
自分の馬鹿さ加減にただただ呆れた。
その場所をかんがみれば、この程度のことは事前に察するべきであったのだ。
見れば愛奴を同伴していないのも私だけである。
私はこの集まりを完全になめていた。
しいてはそれは、私がAさんを軽く見ていたということでもあり、他の出席者に対しても同じことが言える。
せめて会費でも払っているのならまだ少しは救われるのだが(最も、そんなことであれば経済的事情で参加していなかったかもしれない)、私は全くのお呼ばれであり、おそらくはAさん夫妻が全て自腹を切っているのだ。
ワゴンの上には私が今までの人生において一度も口にしたことのないキャビアやトリュフをふんだんに使ったカナッペなどが豪華に並べられていたが、ただひたすら申し訳ない気持ちが一杯で、それらオードブルを口に運ぶ気も起こらない。
そんな心中を察したのかAさんは、
「今日は気軽に来てくれて嬉しいよ。本当は皆さんにもそんな格好で来て欲しかったんだ」と私に耳打ちした。
夫人も「その方が・・さんにはぴったりきますよ。さあ、お飲み物は何になさいます?」と、この会の品を少なからず落としてしまったバカタレに満面の笑みで訊いてくれた。
勿論、本心ではなかろう。
しかしながら、SとMも極めればここまでの人物になれるのか。
私はただ恐れ入った。
そして、そんな世界に身を置いている自分がいかに幸せな人種であるか、改めて思い知らされた。
その昔、SMは紳士淑女の知的遊戯だと誰かが言った。
そんなに敷居を高くしないでもいいじゃないか?
そう思っていた私ではあったが、納得せざるえない。
紳士淑女ゆえSMに興味を持つのか?
SMを通じて紳士淑女に変わるのか?
若造の私が結論付けるにはまだ早いが、いずれにしても、SMというものが急速にその地位を向上させている気がした。
日本においては幸か不幸かSMの裾野は一旦広がった。
それと同時に、その山頂も更に高い次元に昇華しているようだ。
単なる乱交パーティーでは決して感じられない「品」と「知」がそこには溢れていた。
そして何より不思議なことに、私がこの日のパーティーに参加して一番強く感じたのは、SMとは全然関係のない、「もっと、仕事頑張ろう」そんなことだった。
私たちの知らない世界においては、既に社交場としてのSMパーティーが確立され、大人の愉しみを分かちあっているようだ。
「俺は庶民のSMでいいよ」
心中でそう呟きながらも、いつしか香水とカクテルの甘い香りに誘われていった。
shadow
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