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26日
まあ、この話はたまたま俺の住んでいる地区だけのことかもしれないが、どうも京都王将の料理は人の温もりを感じない。反面、大阪王将の料理にはそれがある。あまり差が出そうにない餃子にまで俺はその違いを感じるのだが、みなさんはどうだろう?今いる王将が京都王将なのか大阪王将なのかわからないときはラー油をチェックすれば簡単にわかる。普通のサラサラしたラー油なら京都王将、底に固形物が沈殿していれば大阪王将だ。

23日
銀だこは美味い。そして、本社を石巻に移したという。なかなか出来ることではない、立派だ。しかし、そこまでする会社なのに何故店に水を置かずにドリンク代をせこく稼ぐような商売をしているのか?あのマクドナルドでさえ頼めば無料で水を出してくれるではないか。ここに本社移転との著しいギャップを感じる。これさえなければ俺はもっと頻繁に銀たこを食べているのだがな。「損して得取れ」という諺があるが、ホットランド(銀だこ)はその逆をやってしまっている。なんちゅうか、俺の中では評価の難しい企業だ。

19日
先日、JR京都駅前にある交差点横で白黒の猫が気持ちよさそうに昼寝しているのを見つけた。以前の俺ならば間違いなく頭を撫でていたところだが、教訓(過去雑記参照)もあってそのままやり過ごした。しかし、何であんな交通量の激しいところに猫がいるのだろうな。旅館の軒先で寝ていたので、そこの飼い猫だろうか。ちょっと危ないな。
俺は石原慎太郎は人間的には好きではないが、今回の発言は全面的に支持する。よくぞ言ってくれた。頑張れ、石原。まあ、最終的には国が買うべきだな。

19日
JRのマナーポスターがハクション大魔王に変わったな。俺は以前の鷹の爪団の方が良かったのだがな。「酔って迷惑カキないで」はイチイチだったが、「席、譲ってくれマスカ」はなかなかの出来だったと思う。ハクション大魔王が今後どう続くのか今回の一枚からでは不明だが、いつも目に付くポスターなので静かに見守りたい。

12日
大阪駅前ビルが消えるのだそうだ。あのような一等地に巨大な緑地公園が出来るのは大阪府民として歓迎するが、駅前ビルの地下に広がっている食の迷宮のようなごちゃごちゃした空間がなくなってしまうのは寂しい。俺の青春の1ページでもあったしな。中学高校当時、駅前ビル地下のゲームセンターに通ってはハイレベルなプレイを観戦して楽しんだものだ。今では考えられない話だが、当時はゲーム会社がそんなゲーム好き人間をスカウトしに来ていて、彼らは当時大した会社ではなかったカプコン等に就職し、その後とんでもない額の給料をもらうようになる。2ビルにあったローランドのショール−ムは俺の格好の遊び場であった。暇さえあればそこに行ってシンセサイザーをいじくったものだ。合間にはあちこち安い店で腹を満たしたものだが、今ではすっかり有名になった天丼屋の「かえん」などは中でも思い出深い店である。その他名店がひしめく地下空間だが、ビルがなくなれば何処か他で店を出すか、もしくは閉店ということになるのだろうな。珍しく今でも現役稼働しているピンボールも遊び納めということか。寂しいな。大阪の一つの時代の終わりだな。

9日
トワイライトエクスプレスのドラマはなかなか面白かったな。俺は一度乗ったことがあるので、ドラマの進行と同時にいろいろ思い出しながら見ていた。トワイライトでの旅のメインは夕日とディナーだと思うが、俺はディナーの代わりに高級弁当を三食ほど買って乗り込んだ。昼食で一食、夕食で一食、夜食に一食という具合だ。それでは食堂車で楽しめないのでは?と思うだろうが、食堂車にはバータイムがあって、その時間でたっぷり楽しめばいい。しかも、俺が乗った夜は意外に空いていて、小一時間貸し切り状態だった。ロック2杯とミックスナッツで確か2,000円くらい。給仕も余裕があったのだろう、テーブルの上のデジカメを見て「一枚撮りましょうか?」と言ってくれた。ドラマでもバータイムのシーンが当然あるだろうと思っていたが、予想外の展開。朝食は食堂車で食べたが、北海道の壮大な風景を眺めながらの優雅な時間だったな。またいつか乗りたいものだ。

5日
イチローは日本で開幕を迎えたと思ったら、またアメリカに戻ってオープン戦をやっているようだ。メジャーはよくわからんな。それ程に無理矢理の来日開幕だったということか。とにかく、来てくれてありがとう。今回のマリナーズ移籍で川崎が熱い男だと知り、丸刈りや言動で更に熱い男だと知った。こういう選手、ちゅうか、こういう男は応援したくなる。ある偉人がこう言った、「人は死ぬ間際に失敗したことを後悔しない。やらなかったことを後悔する」。

3日
毎年この時期になるとイカナゴ漁の模様がニュースで流れるが、あれだけ捕ってイカナゴが絶滅しないものかと心配してしまう。最も、毎年こうして心配しつつも今年も豊漁のようなので、いましばらくは豊かな日本の海ということか。昔、イカナゴというのはあまりに足が速過ぎて売り物にならなかったそうだ。そこで誰かが佃煮にして売ることを思い付き、こうして春の訪れを告げる行事にまでなったそう。このような自然発生的な行事なら俺も尊重するが、節分の日の巻き寿司だけは食う気になれんな。何時の間にやら恵方巻きなる名称まで登場して今や全国区になりつつあるようだが、まあ、勝手にやってくれ。

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