SM調教 110.com 携帯版トップページへ

SM体験 110.com パソコン版トップページへ


なみの世界はとても狭くて、自分を追い込むのはとても容易い事。

今思えば、御主人様はおろか、自分さえどうなってしまうか分からない先の事。

どんなに光を集めても、真っ暗闇の「未来」の事。

見えないのは、当たり前。

それなのに、あの時のなみはそれらの重圧に耐えられなかったのです。

御主人様の本当に求めていらっしゃる物はなんなのだろうか。

御主人様の「未来」に、私の居場所はあるのだろうか。

関与することは許されるのだろうか。

考えれば考えるほどに分からなくなりました。

そしてこう思ったのです。

「私は本当に御主人様の御傍にいる資格があるのだろうか」と。

お会いする前に立ち寄った喫茶店で「心を落ち着ける作用がある」と言うルビー色のハーブティーはとても甘く、

その甘さにさえ胸を締め付けられ、目の前が涙で霞んでしまいました。

「お別れしたほうが、良いのかもしれない。」

あの時のなみの頭には、そんな言葉さえが浮かんでいたのです。

きっと素面ではなにもお話できない。

そう思って持参したスパークリングワインはビールの半分ほどのアルコール濃度だったのに関わらず、

なみを十分過ぎるほどに饒舌にしてくれました。

馬鹿な事を随分としゃべってしまったように思います。

くらくらと平衡感覚が微かに狂い始めた頭。

感情を一気に吐き出し、言葉を作る口。

熱く、だるい身体。

泣いてはいけないと思う傍から、涙で潤んでしまう瞳。

そんななみの言葉に困ったように微笑みながら一つ一つ丁寧に答えてくださる御主人様。

アルコールに狂わされた頭でも、今でもしっかり焼き付いて離れない御主人様の沢山の言葉。

あっという間に溶けて行く心。

不安にコンクリートのようにガチガチに固められて、一度は手放してしまおうとまで考えたのに。

内側からではどんなに頑張ってもとても壊す事は出来なかった。

御主人様の言葉は、とても強力。

破片の一つも残らず粉々に壊してくださった。

冷え固まってしまった心が、チョコレートのように甘くとろとろに溶けて行く。

なみは御主人様の御考えになっていた事のほんのちょっぴりも理解していなかったのですね。

今思い返すと、ただをこねて泣きじゃくる子供のように御主人様には映ってしまった事でしょう。

なんだか恥ずかしくて堪らない。

自分で勝手な解釈をして、勝手に不安になって、終にはお別れまで考えてしまったなんて、

なみはなんて馬鹿なのでしょう。

本当に大馬鹿者です、御主人様。

ライトを絞った薄暗い部屋に溢れるビートルズのナンバー。

曲名は分からなかったけれども、次々と掛かる美しいメロディをどこか遠くで聞きながら、

広いベッドで受け入れた御主人様の御身体はなみの予想を超えるくらいに激しくて、

まるで御仕置きを受けているようでした。

強すぎるくらいの、苦痛に似た快感。

気が遠くなったと思うと、強い衝撃と共に引き戻される意識。

あまりの辛さに逃げる身体はあっという間に御主人様の太い腕に引き戻され、押さえつけられ、

繰り返し与えられる甘くてとても辛い御仕置き。

なみには涙を流しながら耐えるのが精一杯でした。

いつのまにか、すぐ真上にあった御主人様の御顔に手を伸ばしてしまっていた、なみ。

御主人様はお気づきになられたでしょうか。

自分から御主人様の御身体に触れたのはあの時が初めてだったのですよ。

首に手を回してやっと触れる事が出来た御主人様の御顔、大きな身体、引き締まった腕。

ずっとずっと触れてみたくて、でもそんな簡単に触れてはいけない気がして、今までとても恐かったのです。

そしてふいに身体を引き寄せてくださった御主人様。

息が詰まるほどの力強さ。

大きな背中はとてもごつごつしていて大きくて、なみの腕は回しきることができなかったけれども。

とてもとても、暖かかった。

このまま時間が止まってしまえば良いのに・・・。

苦痛と快感と切なさと、そんな叶うことのない願いの中に、あの時のなみは身を置いておりました。

潤んだ身体での撮影と、その後再び御主人様の腕に抱かれたあと、なみはどれくらい気を失っていたのでしょうか。

気がつくと御主人様はお部屋に居らず、バスルームからはシャワーの音。

重い身体をなんとか起してしばらくぼうっとしていた気がします。

その時、視界に入った無造作に脱ぎ捨てられていた御主人様のTシャツ。

気がついたら、袖を通しておりました。

だって、御主人様はシャワー中だったし、絶対に大丈夫だと思っていたのですもの。

なのに、あまりの気持ち良さに、そのままベッドの上で丸くなってうとうとてしまって・・・。

気がついたら、目の前に既に御主人様。

「おまえは何してるんだ?」

呆れたように笑われる御主人様。

それでも、後五分だけという御約束で許してくださいましたね。

大きな御身体にぴったりのそのTシャツは、なみには少し大きすぎてワンピースのようになってしまっていたけれども、

ちょっぴりタバコの混じる匂いと微かに残るぬくもりに、しっかりと抱きしめられておりました。

御主人様、色々とありがとうございました。

そして、ご心配おかけしてしまって申し訳ありませんでした。

なみはもう、大丈夫です。

あの時仰った御主人様の言葉。

今はそれに、素直にうなづく事が出来るようになりました。

ただ、御主人様の御傍にいたい。

御主人様を信じていたい。

この先、ずっとずっとずっと・・・

それが唯一のなみの望み。

そして願わくば、いつか年を重ねた御主人様を囲んで、同じく年を重ねた私達で御茶会が開けますように。

皆様の笑顔に囲まれた御主人様を見る事が出来ますように。

今はそう願うばかり。

どうか儚い夢で終わらないようにと、今はただ、そう祈るばかりです。



御主人様へ

なみ


 ---------------------------------------------------------------------


「今日から御主人様と呼ぶように。」

あの日、頂いた御主人様からメールを拝見した途端、

なみは胸が苦しくて、息をするのも辛くなってしまったのです。

まだ、外は騒がしい蝉の声が聞こえた、残暑が厳しい夏の日。

あの日も今日と同じ、燃えるような夕日をベランダから見ておりました。

御主人様、なみはあの日から今日で半年を迎えたのですよ。

長かったようでとても短い半年というこの期間。

本当に色々な事がありました。

同じ一人の御主人様をお慕いする方々との出会い。

一緒に悩んだり、笑ったり、時には涙を流したり。

めまぐるしく変化する状況に付いていけずに怖気づく私は、何度助けられた事でしょう。

遠いのにすぐ近くにいつも居てくださる方々からの言葉の数々。

今でも、目を閉じるとありありと浮かんでくるようです。

そして、御主人様と初めてお会いしたあの日。

あの時の言葉では言い表せないくらいの緊張感は、

今ではほんのちょっぴりの恥ずかしさと共に、未だに続いているのです。

夏が終わり、冬が来て、そしてそれももうじき終わろうとしています。

たかが半年なのだろうけれども、なみにとっては忘れられない出来事がいっぱいに詰まった記念すべき半年でした。

後半年が過ぎて1年目を迎える頃にも、そしてこれからもずっと、なみが「なみ」でいられますように。

御主人様のお傍に皆様と共に居られますように。

相変わらず、涙腺がゆるいなみですが、なるだけ笑顔で居られるよう、頑張れますように。

そんな事を今は切実に思う私です。

御主人様、こうしてなみを迎えてくださってありがとうございます。

なみをいつも支えて下さる涼子様。

いつもご迷惑かけて申し訳ありません。

でもでもとっても、大好きです。

そして、なみをとりまく全ての方々へ。

ありがとうございます。

心からの感謝を・・・。


 ----------------------------------------------------------------------


外は雨です、御主人様。

つい最近まで、夜になったら雪に変わってしまうのではないかと思うくらいの冷たさを含んでいたのに、

この雨はとても温かい。

空気もとても柔らかくて、身体にすっと入り込んでくるような、そんな温度を含んでいるようでした。

とてもとても優しい雨。

なんだか懐かしい気さえ感じられるほどに。

そんな雨の中、空を見上げてひとり立ち尽くしていたら、

無性に御主人様のお声が聞きたくなってしまってとても困りました。

携帯電話は、家に置いてきてしまって手元にはなく、近くには公衆電話も見あたらないのですもの。

ほんの少しついたため息と同時に、そんな切なさを吐き出し、

あれからしばらく、どんよりとした重い空を見上げておりました。

傘をさけて飛びこんできた雨が幾つも幾つも、頬を髪を濡らし、涙のように流れて、身体に沁み込んで行きました。

あの時、お電話ではお伝えできなかったけれども、風に乗って御主人様に届きますようにと願い、

なみが空に向かって呟いた言葉の数々。

そろそろ御主人様のところに届いた頃でしょうか。

「御主人様、なみの所は大雨です。」

「でもとても優しくて、柔らかくて、暖かい雨なのですよ。」

「御主人様と御一緒にこれを感じられる事ができたら良かったのに。」

「こんどお会いできる頃には・・・・・・」

雨に叩かれ、匂い立つ土の匂いと湿った空気がなみに語り掛けてくれました。

もう次の季節なのだと。

願わくばこの言葉と共に届けられる風がほんの少しでも春の匂いがするように。

そして、この雨の中、御主人様が幸せに包まれていますように。

もう春です、御主人様。


 --------------------------------------------------------------------


黄色の薔薇の花言葉を、御主人様はご存知でしょうか?

赤い薔薇は「愛情」、白い薔薇は「尊敬」、ピンクなら「温かい心」。

他の薔薇達はこんなに素敵な言葉を与えられているにも関わらず、

黄色の薔薇の花言葉、それは「嫉妬」というのです。

やっと見つけた、美味しい珈琲を出してくれる喫茶店に行く途中に、小さな花屋さんがあるのです。

花々の良い香りに、時々足を止めてはうっとりと眺めてしまったりするのですが、

店先に並ぶ色とりどりの花達の中に、ひときわ鮮やかに咲き誇る彼らを見て、そんな事を思い出しました。

教えてくださったのは、学生時代に通っていた生け花教室の先生でした。

「御祝い事などに花を贈る時には、充分気をつけて。

 自分の気に入って選んだ花でも、その花の花言葉で相手を傷つけてしまう事もあるのだから。」

頭の片隅に残るそんな言葉に、なみは通いつめていた図書館で花言葉辞典を借りたほどでした。

十代の頃のなみ。

あの頃のお気に入りは、まさにその「黄色の薔薇」だったのです。

ベルベットのような深紅の薔薇は、いつか大人の女性になった時、

部屋いっぱいに飾ると言う夢の為にとっておきたいと思っていたし、

かといってピンクの薔薇を買うのはなんとなく気恥ずかしい。

そんな時に目に飛び込んできたのが彼らだったのです。

太陽のように、そこにあるだけで周りを鮮やかに色づける、華やかなオレンジがかった黄色の薔薇。

この色が、いい。

そう、一目で気に入ってしまったのです。

部屋には、それらで作ったドライフラワーやポプリで溢れていたぐらいでした。

だから、とても驚いたのです。

黄色の薔薇が「嫉妬」という言葉をもつなんて。

すごくショックで、悲しくて堪らなかった。

乾燥させるために壁に逆さに吊るしておいたドライフラワーから、

花瓶にさしてある買ったばかりでまだ開ききっていない蕾のものまで全て部屋の外に出し、

ごみ箱行きにしてしまい、結局手元に残ったのは、なにより嫌な「嫉妬」という言葉だけ。

「嫉妬」などという意味を持つ、あの花がどうしても許せなかった。

そして、そんな意味を持つ花を好んでいた自分も同時に。

もう十年近い前の事でした。

「嫉妬」などとという感情は、とても恥ずかしてもので、本来は自分の心の中に隠しておくもの。

決して外に出してはいけない。

ましてや、他人に知られるなんて、死んでも嫌。

心の中にも、本当はあってはならないものなのだろう。

あれから、ずっとずっと、今までそう思ってまいりました。

でも、御主人様、不思議な事なのですが、

なみはこのごろそんな感情をもつ自分も、「なみ」なのだとやっと認めることが出来るようになってきたのです。

太陽の光を受ければ「温かい」と感じるし、さわやかな風を受ければ「気持ち良い」と感じる。

お腹だって空くし、眠いとも感じる。

それと同時になみにも「嫉妬」と言う感情だってあるという事。

これが真実。

これが私。

だって、私は生きている普通の人間なのですから。

何処にでも居る人のひとりにすぎない。

私は特別な存在などではないのだから。

ある方に言われた事があるのです。

「嫉妬や羨望などの感情は、どんなに打ち消そうとしても結局消えるものではないし、

 自分はそんな感情は持っていないと押さえ込んでも苦しくなるだけ。

 それならば認めてしまっていいのではないでしょうか。
 
 すべて、これは「自分」なのだと。

 だって、私達は神様じゃないんだもの。」

前よりも今、本当によく理解できる彼女の言葉。

色あせず今も心に残る言葉です。

御主人様を困らせる事だってあるし、他の方に噛み付いてしまう事だってある。

嫉妬も羨望も全て。

これが私。

そして「なみ」。

全てを知るには、まだ時間が掛かるのかもしれないけれども、

この半年で私は随分と楽になった気が致します。

涼子さんも仰っていた「自分と向き合う」という事。

こういう事が出来るという強さはきっと、御主人様と出会う事ができなかったら、

未だに知ることは無かったのかもしれません。

今、目の前の花瓶には数本のピンクのスイトピーとスノーフレークが飾ってあるのです。

かすかに部屋の空気に混じる良い匂い。

目を閉じると、そこには春の気配を感じます。

花言葉はそれぞれ「恋の楽しみ」そして「慈愛」。

そう言えば、どこかの国では、スイトピーは「思い出をつくる花」といわれているのだそうですよ。

もしそれが本当ならば、御主人様と共有させていただいた沢山の出来事は、

今「思い出」にと変化しながら、いつまでも枯れる事の無いスイトピーのように、

心の中で色鮮やかに咲き誇っているのですね。

来週あたり、次に飾られるのはきっと黄色の薔薇になることでしょう。

なみの大好きだった太陽に愛された鮮やかな花。

今の私が嫉妬するとしたら、その対象はきっと彼ら・・・なのかもしれません。

私は持ち合わせてはいない華やかさ、空気の色。

願わくば、少しでも彼らの恩恵があらんことを・・・。


 -----------------------------------------------------------


一度、目を通してしまった本でも、時間がたって再び読み返してみると

1度目とは違う捉え方やようやく「言わんとしている事の意味」が分かったなどと思う事が度々あるのです。

只、単に「本に対しての読み込みが甘いだけ」と、言われてしまえばそれまでなのですけれども、

その時の自分の心理状態などにも、随分と影響されるものなのかもしれません。

当の昔に本棚に入りきれなくなり、わずかに空いたスペースにぎゅうぎゅうに積めこまれた本達を久しぶりに整理していた時に、

一冊の短編集を見つけました。

購入したのはたしか数年前。

内容はたしか・・・そんな事を考えながらパラパラとめくっていたのですが、

その中の一作品に手を止めてしまいました。

「八つの宝石をめぐって始まる、八つのラブストーリー」

そんな甘い裏表紙の解説からは思っても見なかったぐらいに、酷く切なく感じた話の数々。

その中でも一際、胸を締め付けられた話。

タイトル「彼女の時」。

一人の中年の男性が、一人の若い女性と出会い、自分の好みに作り上げる。

服や靴、小物、などを全て買い与えられ、ワインの選び方まで教育された手間とお金をかけて作られた「女性」。

そして、あるとき唐突に女性から切り出された「別れ」。

フル・オープンのスパイダーを乱暴に運転しながら彼はこう思うのです。

「要領良く別れた。また新しい女を捜して、いまよりずっといい女に作り上げれば良い。

 いくらでも、女はいるのだ。」

酷く切ない話と思い、長く心にひっかかるものが残っていたのだけれども、

あの頃の私は、どんな思いの中でこれを読んだのでしょうか。

どんな世界に身を置いていたのでしょうか。

切ないとは、思うのだけれども今回、同時に感じられたのは彼の不器用さ、そして彼、彼女共にもつ強さ。

たしか、私が読み終わった後にこの本を貸した友人には、

「この本、私、あんまり好きじゃない」とそう言われた事を思い出しました。

好きじゃない・・・そう、私もあの頃は好きじゃなかった。

けれども「贅沢な恋愛」というタイトル通り、これは贅沢なお話なのかもしれないと感じられるようになった今のなみは、

あの頃よりもずっとずっと遥かに、恐ろしいぐらいの幸せの中に存在しているようにさえ感じてしまうのです。

もっとも、今後再び読み返す事があった時には、違う感情が胸を貫くかもしれない。

苦しくなるかもしれないけれども。

また、それも別の見方をすれば「素敵な事」、なのかもしれません。

ふと、物語の中の「強い彼」がかすかに御主人様と重なり、御主人様の優しい笑顔に堪らなく触れたくなってしまいました。

今日、この時間、この瞬間にも、御主人様が素敵な笑顔でいらっしゃるように・・・



贅沢な恋愛

北方謙三「彼女の時」を読みながら


御主人様へ

なみ



 ---------------------------------------------------------------------



久しぶりに感じる海からの風はとても心地よく、優しくなみを包んでくれました。

身体に纏わりつき、髪をめちゃくちゃにかき乱されても、それがなんだか嬉しくて堪らなかった。

この場所に以前立ったのは、あれは未だ冬の良く晴れたとある一日。

雪が降ってもおかしくない季節だったのにも関わらず、今日のように春の陽気が感じられて、

コートを脱いで久しぶりに身体いっぱいの太陽の光を感じたあの日。

翌日から再びの寒気団の襲撃に、たった一日きりだったけれども、

あの「春の日」になみはどれだけ空の神様に感謝した事でしょう。

青い空と、それよりももっと蒼い海と、そしてお隣には笑顔の御主人様がいらっしゃった。

目を閉じれば、そこに御主人様を感じる事は簡単。

御主人様の声、仕草、煙草の煙が混じる御主人様の匂い。

時間が止まってしまえばいつまでも夢の中にいられるのに。

この目が未だ、沢山の事を映すのがうとましく、ただ切ないばかり。

どれくらいの時間、海の風に吹かれてしまっていたのか、あまりよく覚えていないのです。

ただ、見上げた空は青から薄紫色に変化し、朧気な月が笑いかけ、1日の終わりを告げようとしていました。

御主人様のお隣にいたあの日のなみも、この空を見上げていましたね。

あの日と、色は微妙に違えど、何一つ変わらない「空」という物。

御主人様となみは、今もこの空のように変わらないのでしょうか。

「一緒に成長してゆこう」そう仰った御主人様。

成長すると言う事は、全てを受け入れるようになると言う事?

全てを受け入れ、それでも「なみ」でいられるような強さを見につけると言う事?

この果ての無い空のように、深い深い海のように。

慈しみ深く、なれると、良いのに。 


 ------------------------------------------------------


ちょっと前から、窓を空けるとどこからともなくふんわりと甘い薫りが漂ってくるようになりました。

朝一番の空気と共に。

日中の暖かい日差しと共に。

そして、夜の暗い暗い闇と共に。

これは多分花の薫り。

花びらを思いっきり広げ、日差しの暖かさにに歓喜する春の薫り。

先日、やっとその薫りがどこからのものなのか、見つけることができました。

あるものは、垣根の青々とした葉に隠れて、あるものは大きな木の根本に、ひっそりと咲く、沢山の白い小花達。

沈丁花の花、だったのです。

風に混じって弱められた薫りも、近づくにつれ強く強く香ります。

人工的に作られた「薫り」ではなく、これは生物の匂い。

生きている春の匂い。

産声を挙げた春の匂い。

思わず手を伸ばしてしまったなみの指先がふれた途端に、

それはあっけなく黒い地面に落ちてくだけてしまいました。

彼らの春は短いのでしょうか。

それならば、短い春を十分に楽しんだのでしょうか。

噎せ返るような春の匂い。

花の血肉の匂いとも言える匂い。

それはとても甘く甘すぎて、御主人様を思い出す。

くらくらと目眩を起こすほどに、現実と非現実的な世界の狭間に、

ゆっくと落ちて行くようにさえ、身体が感じてしまうから。

あと少しだけ、この薫りの中に身を置いていても良いですか。

御主人様とお会いできる、その日まで。

そう、あともうほんの少しだけ。


 ----------------------------------------------------------------


あの日は、最高気温が13度、降水確率40%。

ご主人様は、ご存じだったのでしょうか?

ほんの少しだけ早い、ご主人様とのお花見の日。

雲の間から時々見せる太陽の姿に、どうか雨が降らないようにと、何度お願いしたことでしょう。

ご主人様からの指定された駅。

一度も降りたこともない、駅。

恐る恐る人の流れに沿って階段をあがると、やや肌寒い空気とともに目の中に飛び込んできた御主人様。

知らない街並み、知らない人々。

なみにとっては御主人様だけが切り取られたようにリアルな存在で、

気がついたときには、このまま離れていってしまわれないようにと、

フカフのジャケットの端の方を少しだけ掴ませていただいておりました。

川沿いの小道に植えられた桜の薄紅色の泡立つような花達を眺めながら食べて頂いたお弁当。

他愛もないおしゃべり。

美味しいと言って下さった御主人様の笑顔が嬉しくて、たまらなかった。

今、思えばご主人様とあんなに近距離で向かい合ったことは、なみにはなかった気がします。

あの肌寒い風と空気がなかったのならばあんな風にご主人様の近くに座り、

御主人様のにこにこ笑顔を眺める機会も滅多に無かったのかもしれません。

そのうちに泣き出した空も、そんななみと御主人様に対しての悔し涙だったかもしれません。

本来の「御主人様」として、なみの身体に触れて頂いたわけでも無く、

「なみ」として御主人様にご奉仕したわけでも無かったけれども、

何故でしょう、なみはいつもお会いしている時と同じくらい、

それ以上に御主人様の包容力を全身で感じておりました。

うっすらと青紫色の雨上がりの空。

あっという間に現実に帰る時間が来てしまったなみを見送って下さった御主人様。

見送られるのは苦手・・・

でも・・・

あの笑顔が心に焼き付いて今でも思い出すと頬が緩んでしまいます。

ホームに立つと、まだ冷たい春の風が髪をくしゃくしゃにかき乱して、いくつも走り抜けて行きました。

それでも、なみは身体中が暖かく、春を感じておりました。

まるで、御主人様が春を運んで来て下さったように。

思ったのです、御主人様。

力強く、あらゆる者に暖かく、周りを照らし続ける御主人様。

貴方は、太陽に似ているのかもしれない。

それならば、御主人様をお慕いする私達は貴方の光を受け、静かに静かに夜道を照らす。

そんな存在なのでしょうか。

貴方が存在する限り、いつまでも白い輝きを放ちつづける事ができる。

私は、そんな貴方の月になりたい。


 ----------------------------------------------------------------


人混みに流されるようにぼんやりと知らない街を歩いていると、

自分が周りの人に溶けてしまうような気がするのです。

自分が誰かに、そしてこの街に溶けてしまうような。

跡形もなく、無くなってしまうような。

今ここで、なみがいなくなってしまったら、誰か気づいてくれるのでしょうか。

誰か、悲しんでくれるのでしょうか。

急に襲われる不安と焦燥感に足が止まりそうになった時に、

ふと御主人様の声が聞こえたような気がしたのです。

「大丈夫だよ、なみ。大丈夫。俺はここにいる。すぐそばにいる。」

不安と緊張に満ちたなみを取り巻く空気が、たちまち優しく柔らかく変わって行きました。

そう、御主人様はいつもお側にいてくださるのですよね。

こんなに大切な事を、なみはどこに置き忘れてきてしまっていたのでしょう。

泣きたくなるぐらい、笑いがこみ上げてきてしまいました。

なみは、本当に大馬鹿です。

気がつくと、目的地はもう目の前。

足を早めたなみに、どんよりと重い雲が一粒一粒、涙をこぼし始めました。

髪に伝い、頬に伝い、滴はなみの体温を含んで落ちて行く滴。

御主人様の上にも、降っているかもしれない滴。

御主人様に降る雨も、こんなに冷たいものなのでしょうか?

いつまでも、なみのお側にいて下さい、御主人様。

そうすれば、私はなみのまま、いつまでも御主人様のお側におりましょう。

御主人様のお側にいられれば、それだけで、幸せ。

そう、それが私の幸せです。



御主人様へ

なみ


-------------------------------------------------------------------------



駅前の満開の桜並木を見上げながら歩いて帰ってきたのですが、

家に着いてみると、なみは身体のあちこちに春の欠片をくっつけてきてしまった事に気付きました。

アップした髪に。

白いシャツに。

スプリングコートに。

ショルダーバッグの中にまで、小さな淡い花びらがこっそりと隠れておりました。

一枚一枚、それらを拾い集めながら、なんだかとても嬉しくて堪らなかったのです。

だって、御主人様とご一緒に歩いた時と、同じだったのですもの。

暖かい日差しに、急遽予定を変更し、お花見となったあの日。

御主人様がお気に入りの場所と仰っていた、あの場所。

「桜の谷」とでも、言えば良いのでしょうか・・・。

今でも、目を閉じるとあの光景が目に浮かんでくるようです。

うたた寝を始めた御主人様。

そしてお隣のなみ。

谷のような場所に降る、雪のような桜の花びら。

暖かな風に乗って、御主人様のお身体にも何枚も降り積もったのですよ。

なのに御主人様は全然気付かなくて、時々眉根を寄せるのみ。

そおっと、お邪魔にならないように、お身体から払った花びら達。

その中に一枚だけ、御主人様の唇の近くに落ちたものがあったのですよ。

うっかり触れたら、起こしてしまうかも。

どうしよう・・・。

そんな事を思っているうちに、いつのまにか無意識の御主人様の手に払われ、地面に落ちてしまったけれども、

あの時のなみは、そんな花びらの一枚に、嫉妬してしまっておりました。

あんな風に自然に御主人様の唇に触れられたら・・・。

今思えば、記念に持って帰れば良かったと、ちょっぴり後悔しています。

来年の今ごろ、御主人様は何をしておいでになるのでしょう。

なみは、御主人様のお傍にいるのでしょうか。

今と変わらずに、これからもずっとずっと・・・。

どうか来年の桜も、あの場所であの時のように見る事が出来ますように。


なみ


 --------------------------------------------------------------------


雲一つ浮かんでいない空は、何処までも青く、

透明であまりいつまでも見つめていると本当に吸い込まれてしまうような、そんな感じがいたしました。

夏には大規模な花火大会で身動きも取れないくらいにごった返しになるこの隅田川の河岸のこの歩道も、

人影もまばらでなんだか寂しくなるぐらい。

今は、はらはらと散り行く桜の花びらの絨毯が、なみの目の前にただ伸びているだけでした。

久しぶりに歩く、この道から見ることが出来る、何も変わらない風景。

目の前の橋を電車が通過して行き、鏡のようなビルの壁に太陽光が反射するのです。

そして河の表面にキラキラとした光の欠片が生まれ、

運が良ければ、通過する観光船に砕かれ、一緒に流れて行く様を見ることが出来る。

振り返れば、この辺の名物となった金の雲をあしらったビル。

青い空に、今日は特に映えているように感じるほど。

御主人様がお隣にいらっしゃったら、きっとカメラを構えることだろうな・・・。

そんな事を考えていたときでした。

ヒールにコツンと、何かが当たりました。

白い、ゴムボール。

後ろから小学生ぐらいの男の子の声がして、拾い投げて返すと、元気の良い「ありがとう」が帰ってきました。

その後ろではおもちゃのバットを振り回す男の子と、学校帰りの彼らの分の荷物まで抱えた男の子。

ランドセルは傷だらけ。

「狭いんだから、手加減しろよな!」

「ごめんごめん。」

そんな会話が後ろから聞こえてまいりました。

歩道沿いの小さな公園内での野球は、なんだかとっても大変のようです。

御主人様も子供の頃はこんな感じだったのかしら・・・。

ふと、そんな事を考え、頬が緩んでしまいました。

そんな事から、急に御主人様の声が聞きたくなって、バックから携帯電話を出した途端に鳴り出したメールの着信音。

あんな素敵なタイミングは最初で最後なのでしょうね、御主人様。

メールの最後を締めくくった

「楽しんでこいよ」という言葉。

なんだかあの瞬間にあの言葉は、とてもとても嬉しくて、もしかしたら御主人様は、どこか直ぐ近くに隠れて、

そっとなみを観察されているのではないかと思ってしまったほどでした。

直ぐ横の河の水の匂い。

桜の絨毯。

子供達の声。

青い空。

下町、浅草の空気。

「・・・ええ、楽しんでいます御主人様。たった今、輪をかけて楽しくなりました。」

この今の瞬間のなみの心をそのまま切り取れたら良いのに。

そうしたら、綺麗に包んでお土産の一つにも出来るのに。

形で表すことの出来ないこの気持ちは、メールでは、一体どれくらい伝わっているのでしょうか・・・。

御主人様、こちらとても良い天気です。

緩やかな風がとても気持ちいいのですよ。

次にお会い出来る時には、関西にもこんな風が吹いていると良いのに。

・・・早く、お会いしたい、御主人様。


 ------------------------------------------------------------------


たった10日程度のご旅行というだけなのに、御主人様が行ってしまわれてから暫くの間、

なみはPCに触れる事さえ忘れてしまっていたかのようでした。

連休中で一人でいる時間が少ないから?

もう一人の自分が存在する御主人様のサイトをぼんやりと眺めている「自分」を

家族に見られでもしたら大変な事になるから?

いいえ、御主人様、それは違うのです。

いつもおそばにいてくださる。

いつも付いていてくださる。

そう、御主人様は仰ったのに。

御主人様がいらっしゃらないPCの向こう側。

私には、それがどうしても耐えられなかったのです。

メールをチェックして、お返事を書いて、そして掲示板に書き込みをちょっぴり。

PCの起動時間は5分も無かった日もありました。

だから、こうして久しぶりにPCに向かっている自分が、今、とても愛しくて堪らないのです。

「御主人様のなみ」に、自分がやっと戻れたようで。

そんな自分が愛しいのです。

キーを打つ指に力が入り辛くて、ここまで打つのにもう1時間あまり。

震える指をため息で抑えつつ、今、なみはこうして御主人様に言葉を綴っています。

なんだかとても可笑しいですね、御主人様。

きっと御主人様にも笑われてしまうだろうと、

御主人様のほんの少し呆れたようなお顔が目に浮かぶようです。

「後少しで、御主人様がお帰りになる。」

たったそれだけが、こんなにも嬉しい。

嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて・・・・・・

きっと、いてもたってもいられない状態って、こう言う状態を言うのでしょうね。

お天気には恵まれなかったとの事でしたが、雲の間に見え隠れした九州の太陽は如何でしたか?

関西とは違うであろう、街の空気、言葉、人々。

美味しい物は沢山、召し上がってきたのでしょうか。

そして、屋久島の緑と土は、どんなに素敵だったことでしょう・・・

御主人様がこのメールを読まれるのは、きっと旅の疲れをすっかり落した頃になるのでしょうね。

遅れ馳せながら、ご挨拶です。


「御帰りなさいませ、御主人様。

 御帰り、首を長くしてお待ち申し上げておりました。

 お土産話は今度お会いした時にでも、ゆっくりとお聞かせくださいね。

 楽しみに、待っています。」



御主人様へ

なみ


 -----------------------------------------------------------------


髪が随分伸びました。

やっと肩下まで伸びて、後ろで一つにまとめられるようになったのですよ。

前にお会いしたときは、軽く髪を内巻きに巻いて行ったし、

この間は少し外跳ねの癖をつけて行ったのですが・・・

御主人様は気づいてくださいましたか?

今までショートカットだった髪を伸ばし始めたのは、去年の暑い夏の頃。

御主人様に、「どんな感じが御好きなのでしょう?」とお聞きし、

帰ってきた御答えが「ストレートのロング」だったから。

翌日に行った美容院で「早く髪を伸ばす方法って何かないですか?」と尋ねたなみに、

担当者には「暫くショートのままでいるって言っていたのに、いきなりどうしたんですか?」と随分驚かれ、

「早く髪を伸ばす方法って言っても・・・」と、苦笑いされてしまいました。

定期的にトリートメントに通い、痛んでしまうカラーリングを最低限に抑え、やっとここまで来る事が出来ました。

だけれど、なみは意外と髪の成長が遅いらしく、なかなか思うように伸びてくれません。

おまけに「くせ毛」であちらこちらと跳ねまくり、まとまりがとても悪いのです。

時々、鏡の前で泣けてしまいそうになる事もしばしば・・・。

サラサラの長い髪をこれ見よがしに強調するシャンプーなどのCMを見るとちょっぴりため息が出てしまいます。

御主人様の仰る「ストレートのロング」には、まだまだ遠い道のりですが、1年などあっという間に過ぎ行くもの。

来年の今ごろには、「髪が長くてお手入れが大変です」などと言っているのかもしれません。

時々御主人様がしてくださる「髪をくしゃくしゃ」がなみは大好き。

そうして、髪を撫でてくださる御主人様はもっと大好き。

なみの長い髪に絡む、御主人様の指先。

考えただけで、眩暈がしてしまいそう・・・。

いつか、きっと・・・待っています、御主人様。



御主人様へ

なみ


 --------------------------------------------------------------------


紫色に染まった空が徐々に青さを増して行き、それに白い朝日が交じり合い、「朝」が始まりました。

本当の「朝」と言うものは、一体いつからをそう言うのか、なみには良く分からないのだけれども、

今日はそんな朝の空を身体いっぱいに感じたくて、一人、夜を明かしてしまいました。

ベランダに出ると朝の新しい空気がなみを迎えてくれました。

まだひんやりと冷たさを含む、今の季節のこの空気。

一体、何人の人間が、こうして今、この瞬間を感じているのでしょうか。

太陽の光を浴びて、オレンジに染まる近くのビルの壁。

遠くの山は光を浴びて、その緑をより濃く浮かび上がらせる。

そして、その緑に負けないくらいの青い空。

今、御主人様が隣にいらっしゃったら、きっとカメラを構えていらっしゃるだろうな・・・。

そんな事を考えては、ちょっぴり苦しくなってしまうなみの頬を、優しく撫でてくれるのやわらかな風。

今日も一人、部屋で過ごす、一日の始まり。

御主人様を思いつづける一日の始まり。

見上げれば雲一つなく、遠くまで広がる青い空。

「なみ、今日も頑張れよ」

どこかで御主人様の声が聞こえた気がして、気がつくと涙で頬が濡れていました。

御主人様も、素敵な一日でありますように・・・。



御主人様へ

御主人様のなみより


 -----------------------------------------------------------------

何通か届いたが非公開にする。

shadow

 ----------------------------------------------------------------


御主人様のアドバイスを受け、自分用のデジタルカメラを購入したのは良いのだけれども、説明書を読むだけでもう数時間。

これでは暫くは、カメラと共に説明書も持って歩かなくてはと、ちょっぴりため息です。

手紙ではなくても、もっと気軽に遠くの友人になみの元気な姿を送ったり、

美味しく出来たお料理の写真をレシピと共にやり取りできたら良いのに。

いつか、そんな事もしてみたいとは常々思っていたのだけれども、今回、購入に踏み切った一番の要因は、

御主人様が毎回真剣にお写真を撮る姿を、なみがお傍で見る機会が増えたから。

肉眼で物を見ると、それは自分の中に直接に飛びこんで、視覚をはじめ、身体でそれを感じる事が出来るけれども、

カメラを通すと、それは一つの世界を作り出す。

「見てみろ」

そう仰って御主人様から渡されるカメラに映し出された沢山の小さな世界。

いつしか、それを私も産み出して見たくなったのです。

御主人様と同じように。

そう、レンズを覗く御主人様と、同じ世界を感じてみたくて。

勿論、腕などまだまだ。

腕以前の問題だと、御主人様には笑われてしまうでしょう。

なまじ、様々な機能がついている物を購入してしまったものだから、

使いこなせるようになるには、どれくらいの時間を要するのかさえ分からない。

でも、ある程度に上達したあかつきには、御主人様を撮らせて頂きたい。

そうなみは考えているのです。

御主人様の事だから、もしかしたら嫌がられるかもしれません。

それならば、そっと気づかれないように・・・

まずは広い背中を一枚。

次はきっちりと切りそろえられた爪が伸びる指先、そして大きな手を一枚。

でも、お気に入りのデジタルカメラを真剣にセットされる御主人様の横顔もそして少しはにかんだ笑顔も撮って見たいのです。

怒ったお顔も。

あきれられたお顔も、それに、それに・・・まだまだ沢山。

あっという間に、なみの産み出す世界は、御主人様でいっぱいになってしまいそう。

いつまでも、色あせないデジタル世界。

早く御主人様を閉じ込めたい。



御主人様へ

なみ

 -------------------------------------------------------------------


「いつも傍にいる。」

御主人様から頂いた言葉。

それでも携帯電話と一日数回はチェックするサブマシンは手元から手離す事ができなくなってしまい、

いつもいつもなみと一緒。

でも、もしも、仮に・・・のお話。

PCが手元にない現在、このサブマシンが壊れてしまったら、

なみは御主人様からのメールを受け取る事は出来なくなってしまう。

鞄に無造作に入れてあるこの携帯電話だって、もし落してしまったら、

なみは御主人様のお電話番号を直ぐに検索する事が出来なくなる。

手帳に挟んであるアドレス帖を落してしまったら、なみと御主人様を繋ぐほとんどの糸は断ち切られてしまう。

頭の中の記憶など、何処まで正確なのかわからない。

そうしたら・・・

今の私には耐えられるのだろうか。

「なみの御主人様」が手元から無くなってしまったら。

「傍にいる」

その言葉だけで、私は「なみ」でいられるのだろうか。

そんな事を考えると、途端に身体が動かなくなるのです。

全てが恐くて、堪らなくなるのです。

自分で自分の首を締め付けているのかもしれない。

そう言う事を考える事自体が「距離」なのだから。

自分で距離を作り、自分で首をしめている。

なみはこんな浅はかな人間なのです、御主人様。

賑やかな午後の喫茶店に、どこからともなく、流れ始めた音楽。

聞き覚えがある音に耳をくすぐられました。

そう、これは・・・

カメラ越しに御主人様に見つめつづけられながら聞いた、

THE BEATLES「 I Want To Hold Your Hand」。

なみが好きだと言ったから、何度も何度も流してくださった御主人様。

音と共に蘇る、沢山の時間の欠片達。

御主人様となみだけの時間。

積み重ねたら、もうどれくらいになるのでしょう。

そしてこれからも、ずっと続いて行く、生まれて行く御主人様との時。

そう、なみが望むのならば。

物質的な距離も、精神的な距離も、全てを笑って受け止められる。

御主人様のお傍でなら、いつかそんな、存在になれるのでしょうか・・・

ふと、手の中に御主人様の体温が伝わってきたような気がして、慌てて握りしめた右手。

コバルトブルーの爪の先から、こぼれた涙が一粒、ゆっくりと沁みていった。


 -------------------------------------------------------------------


先日、御主人様から付けて頂いた、腰からお尻にかけてのお仕置きの痕。

とうとう、一つの跡も残ることなく、消えてしまいました。

鋭い音を立てて、なみの皮膚を弾く皮。

途端に感じた、火を押しつけられたかのような熱さ。

熱さと混じり、じんわりと広がっていく鈍い痛み。

そして、それが広がりきらない内に与えられる次の一撃。

痛みは、苦手。

苦手というよりは、恐怖。

太い革の一本鞭を振るわれた、遠い昔のあの時の恐怖感を、なみは未だに克服する事ができないのです。

声を出す事も、身体を動かすことも、泣くことも出来なかった、お仕置きの「痛い」事。

そう、なみにとってはなによりも苦手な事の一つ。

ずっと、そうだったのです。

そう、ずっとずっと、そのはずだった・・・のに。

オレンジの薫りいっぱいのバブルバス。

その中に身体を沈めながら、ぼうっと、先日の事を、一つ一つ思い出していました。

真っ白い、ふわふわの泡が身体にまとわりつき、お湯はとろとろ。

空気を裂く、音。

熱さ。

広がる痛み。

じんわりと、そして、またその繰り返し。

何度も何度も。

今、思えば、やや熱めのお湯に、少しのぼせていたのかもしれません。

とても、とても気持ちがよくて。

気がついた時には、身体のあちこちに、なみは自分の手を這わせておりました。

両手いっぱいにすくった泡を首筋から身体に垂らし、身体の滑りを良いようにして。

「身体に触れるこれはなみの手では無くて、御主人様の両手なのだ。」

そんな事を思ってしまったら下唇を強く噛み、もう声を押し殺すのがやっと、でした。

どうしようもなく力が入ってしまう指先を顎から首筋、肩へ。

とろとろと流れる泡を追うようにして滑らせ、強く這わせた固く張った両胸、お腹。

そしてふくらはぎ。

ぞくぞくするような気持ちよさに思わず鳥肌が立ってしまっている両太腿。

あの時のなみは御主人様を思って、欲情しておりました。

そして、それと同時に頭に浮かんだ事。

あの鋭い音と広がっていく熱さと痛みを、今度は全身で感じてみたい。

この身体全部に、広がる痛みを頂きながら、思う存分泣き叫んでみたい。

御主人様にして頂きたい。

もっと、もっと、めちゃくちゃに・・・。

自分でも、とても信じられなかったのです。

ベッド上で、あんなに恥ずかしい姿で、痛いお仕置きを頂いたというのに。

今、なみは、そういう事をされることを望んでいる。

そうされたいと願っている。

そして、もしかしたら、あれ以上の事を、求めている?

いえ、もしかしたらではなくて、「間違いなく」。

そんな事を自覚してしまった自分が、ショックでした。

恥ずかしくて、自分がとても浅ましく思えて、ただ悲しかった。

今のなみは、どこかおかしい。

こんなのきっと、一時的な気の迷いにすぎない。

でも、そうではなかったら?

心の底から思った事であったら?

頭の中はそんな事でいっぱいでした。

慌てて浴びた冷水のシャワーですぐに身体から熱は引いて行ったものの、

その後しばらく続いた、身体の中につきん、つきんと突き上げる疼き。

あの時、太股に流れ出した暖かいとろとろは、明らかになみの身体の中から伝い流れた物。

これは本当に、私の身体なのでしょうか。

それとも、御主人様によって、なみは変化してきている?

「お仕置きはとても恐ろしい。出来るだけ避けて通りたい。」

まだ、こんなにそう思っているのに。

「痛みは苦手。だってまだ恐いのです。」

これからも、変わることはまず無いと、そう思っていたのに。

いつか、身体の奥で育つ、抑えきれなくなった欲望を持つもう一人のなみに

全てを壊される事を私は望んでいるのかもしれない。



なみ


------------------------------------------------------------------------


ついこの間、入梅宣言が行われたばかりだと言うのに、この2、3日の高気温と強い日差しはどうでしょう。

芝生の緑を跳ね返し、目を射す太陽と暑い空気。

まるで、既に真夏のそれのよう。

そして見上げると、くらりと眩暈さえ、覚えるような青い青い、高い空。

去年の空は、こんなに高かったのだろうか。

こんなにも、青く見えたのだろうか。

そして、去年の今ごろの私は・・・。

そんなことを考えて、ふと、足が止まりました。

あの頃の私。

御主人様のサイトを初めて拝見し、勇気を出してメールをお送りし、1ヶ月も過ぎた頃でしょうか。

PCの扱い方もまだそれほど慣れず、愛用しているサブマシンは何処に行くにも一緒。

頂いたメールは・・・一日、何度読み返した事でしょう。

諸事情で直ぐにお会いする事も叶わず、まだ見ぬ御主人様に切なく胸を焦がしておりましたね。

あの頃の空。

恐らくそれは同じくらい青く、高かったのでしょう。

でも、今年はそれにも増して、それは青く、高く、広く感じてしまう。

まるで「広がり続ける、なみの世界」のように。

あと少し、時が過ぎれば今年も暑い暑い夏が訪れるのでしょう。

なみにとっては、御主人様と過ごす事が許された、「初めての夏」の訪れ。

きっと、息苦しいくらいの暑さと、肌を射すような強い太陽と。

それに負けないくらいに御主人様に心、身体を焦がされ、溶かされる季節となるのでしょう。

夢にまで見た、御主人様と過ごす夏。

このまま、全てが狂ってしまえたら。

逸るなみの心は、身体は・・・既に真夏のよう、です。


 ------------------------------------------------------------------


一人、PCに向かって、もう30分も経つのに、未だに言葉が上手く出てこないのです。

キーを叩いては消しての繰り返しで、なかなか先に進まなくて。

約一週間ぶりにお送りするメールに、なみはほんの少し、混乱しています。

お伝えしたいことは、山のようにあるのです。

でも、メールでは何からお話してよいのやら・・・整理がつきません。

こんな時、御主人様のお声を聞けたら、少しは落ち着けるのではと、

近くに置いてあった携帯電話を取り寄せ、手帳を広げて、御主人様のナンバーを一つ一つ押してみました。

090・・・・・・

ふと、最後の番号を押す前に我に返ることができました。

なみはメールを書こうとして、御主人様にお電話をしようとしている事に。

もし、お電話するなら・・・メールなどしなくても良いのではないか?

なみの「山のようにお伝えしたい事」も、きっとお電話ならほんの少しで済んでしまう。

でも今度は何から話せば良いのか考えなくては・・・。

そうして、自分の起こそうとしている行動の矛盾にやっと気づくことが出来て、なんだか可笑しくなりました。

山のようなお話は、今度お会いした時にでも。

今は、なみの一番お伝えしたい事を、ほんの少しだけお伝えいたします。

「御主人様、お元気でいらっしゃるでしょうか?」

「向こうは、とても暑くて、こちらの今の気候が、なみには心地よく思えるほどでした。」

なみはとても、元気です。

・・・この元気な「なみ」をそのまま、御主人様にお届けできたら良いのに・・・。


 -----------------------------------------------------------------


つい先日なのですが、御奉仕の参考になればと、本を数冊、購入いたしました。

御主人様はお笑いになるかもしれません。

購入にあたっては、なみも随分と悩みました。

それでもやっぱり、少しづつでも良いから、御奉仕が上手くなりたくて・・・。

「ご奉仕したい」と言うこの気持ちとは裏腹に、あらゆる事で足りない事ばかりの、なみ。

今まで、こういう意味での自分の知識と技術がどれほどのものなのか、

正直言ってしまえば、気にしたことはほとんどありませんでした。

何処をどうすれば男性が「気持ち良い」と思うのか?

そう、感じてくれるのか?

その為に、女性はどのようにすれば良いのか?

全く考えたことが無かったわけではありませんでしたが、

でも、結局どんなに考えても自分とは違う「男性の身体」。

分からないことだらけ。

恐らくこういう事だろうと、その場では行ってはみるものの、

「本当に気持ち良く感じてくれているのだろうか?」

「この方法で・・・あってるの?」と、疑問は募るばかり。

でも、それを誰かに尋ねる事なんてできなくて。

尋ねることがとても恐くて、恥ずかしくて。

だから、なみは今までずっと、言われるがままに、動いていました。

その通りに行っていれば「気持ち良い」と言ってくれるから。

自分が考えて行うよりも、確実に気持ちよくなってくれるから。

自分がそれを望むか、望まないかなど、ずっとずっと関係無かったのです。

「そうすればずっと嫌われないでいてくれる。」

そんな思いさえ生まれ、いつしかそれが普通、当たり前になってしまったから。

でも、御主人様とお会いするようになってから、なみの中で何かが少しづつ変化して行きました。

日に日に考えるようになったのです。

「・・・もっともっと上手くなりたい。」

「御主人様に、もっともっと気持ち良いって、言っていただきたい・・・。」と。

嫌われたくないとか、「こうしなくちゃいけない」という義務感とかではなくて。

それはもう、ただ純粋に、「気持ち良いと感じて頂きたい」というなみの望み。

不思議なのですよ、御主人様。

「御奉仕」させて頂く事って、とても嬉しい。

そして、楽しくて堪らないのです。

御主人様のお身体に触れる事が出来る。

御主人様の匂い、暖かい体温をこんなに近くに感じながら、なみの身体を使って気持ちよくなって頂く。

自分の鼓動が、とても激しくなるのが手に取るように分かるのです。

ドキドキして、息苦しくて、そしてとても嬉しくて。

少しぼうっとして、身体が奥から熱さが溢れてきてしまいそう。

同時に、ちょっぴり怖くて・・・。

言葉ではなかなか上手く言い表せない、妙な気持ちになるのです。

本はまだ初めの段階。二章目。

本当は、一番初めの章を抜かしてしまっているから、なみはまだ一章しか目を通していないのです。

だって初めの一章節目は、「lessn・1 自分の身体を知ること」、なのです。

でもそれはもう、御主人様のお身体で、嫌と言うほどに教えて頂いた事だから。

そして、私の身体の事は、自分では見ることも、感じることも出来ない部分さえも、

きっと御主人様の方がお詳しいだろうから。

なみの身体は、御主人様にさえ知っていて頂ければ、それでもう十分だから。

だから触れずに、ずっとそのままで・・・いるつもりです。

次にお会いできる時までには、もう少し、進んでいると良いのですけれども。

上手く出来るかどうか、まだ分からないけど。

御主人様への御奉仕、思いっきりさせて頂く事、許していただけるでしょうか?

突然降り出した雨に、湿った空気が部屋に流れ込み、なみの身体を濡らして行くよう。

少し重いのです。

この重い空気を、今、どこかで、御主人様も感じているのでしょうか?

・・・御主人様、ほんの少しでも良いから。

早く、お会いしたい。


----------------------------------------------------------------------------


先日、新調したばかりの浴衣。
あれからクローゼットの中に仕舞いっぱなしだったのですが、

つい先ほど、ほんのちょっぴり袖を通してみたのです。

ひんやりとしたフローリングの床に広がる、夜を想わせる、涼やかな紺の生地。

そして、黄色い帯。赤い鼻緒の下駄。

ひとしきり目で楽しんだ後、端を持って、そっと羽織ってみたのです。

まだ糊の効いている生地が微かに音を立てて肌にまとわりついてくる感触は、ため息が出るほど心地良い。

浴衣を合わせ、腰紐を結び、襟を抜いて、帯を軽く締め、

フローリングの床で、下駄を鳴らし、鏡に映して見たのです。

紺地に仄かに白い百合が黄色の帯にとても良く映える。

裾はもう少し短かいほうが歩きやすいかも。

アップした髪には白い髪留めの方が似合うかもしれない。

そんな事を考えながら、鏡に向かっていた、なみ。

ふと、頭に浮かんでしまったのです。

「もしも、この姿のまま、以前お持ちになられていたあの麻縄で御主人様に縛られたらどんな感じがするのだろう・・・」と。

ギチギチと真っ赤に跡が残るほどに強く縛られて、身体の自由を全て奪われてしまったら。

口枷で声を、アイマスクで視覚を奪われたら、恐らく私は抵抗など何一つ出来ない。

・・・最も初めから、抵抗など今のなみには考えられなくて。

「なみを御主人様のお好きなように、扱って下さい」と、きっと自ら、身体を委ねてしまう。

きっと、どんな事だって、耐えられる。

気が遠くなるような痛みも、そして狂おしいぐらいの快楽も。

それどころか、その後の数々の御命令を御主人様から頂ける事を、私は心待ちにさえしてしまっているのかもしれない。

「浴衣を着るときには、本来は下着などつけないのだ」と、昔、誰かに聞いたような記憶があるのです。

そして、きっと御主人様も「何もつけるな」と、そう仰るだろうと思って

なみは今、浴衣の下には何一つ、身につけておりません。

勿論、一緒に購入した浴衣用の下着一式もあるのですが、まだ買ったまま、袋からも出していないのです。

やはり、一枚ぐらい着けておけば良かった。

身体の奥で、熱く潤んだものが、今にも溢れてしまいそう。

ほんの十分前に、シャワーを浴びたばかりだというのに。

ほんの少し、思っただけなのに。

こんなにも、こんなにも、熱く騒ぐ身体。

いつの間にか鏡の中には、顔を赤く火照らせ、息を弾ませる、なみが一人。

全てを治めて下さる方は、たった一人。

それは分かりすぎるほど、分かってはいるのだけれども。

ゆっくりとお会いできない今は、

まだ、この暑い夏の空気に狂わされているのだと、ただそれだけなのだと、思いたい・・・。


 ------------------------------------------------------------------



独り、街を歩いていると、このごろ御主人様によく似た姿を見かけて、息が詰まるのです。

雰囲気、シルエット、持物。

良く目を凝らせば、すぐに分かることなのに。

どうしてでしょう、つい目が追ってしまうのです。

「御主人様?・・・絶対違う・・・でも・・・」

こんな所でお会いできるはず、無い。

だけれど、「偶然」だって絶対無いとは言い切れない・・・。

そんな、ほんのちょっぴりの、心の葛藤。

そして、その後に決まってやって来る、「やっぱり違っていた」の軽いため息。

当たり前の事なのに。

そう簡単に偶然など起きるはずは無いのに。

もう何度目のため息でしょうか。

分かっているのは、今まで「違っていた率」が100%ということ。

自分のあまりの単純さに、なんだか可笑しくなってしまいます。

でも、考えたのです。

なみがこうやって御主人様にお会いすることが出来たのも、もしかしたらただの偶然なのかもしれない。

御主人様とお会い出来たこと。

こうして「なみ」としての私が生まれたこと。

全て、偶然の産物なのかもしれない。

もし、そうだとしたら、この偶然をもたらして下さった神様に、私はどう感謝して良いのか分からない。

悲しい事も、辛くて眠れないこともあったけれど。

そんな時でもいつもお側に居て下さった御主人様。

なみは何度、助けられたのでしょうね。

思えば、御主人様のサイトを初めて訪れて、2回目の夏を迎えました。

そして、御主人様と初めてお呼びして、来月で、もう一年を迎えます。

あの日掛けられた「偶然」という名の鎖は、今は「繋がり」と名を変えて、

あの時以上に、きつく、強く、なみの身体を抱きしめていてくれています。

今、この瞬間も、そしてこれからも。

ずっとずっと変わらない。

そう信じるなみがここにいます。

御主人様、なみは幸せです。


--------------------------------------------------------------------------


ブラウン管の中の彼女を初めて見たのは、遠い昔の事だった気がします。

作品の名前も分からなかったどころか、彼女の名前さえ知らなくて。

ただ、覚えていることは、とても素敵な笑顔を作る女性だと言うことだけでした。

先日、足を運んだ「マリリン・モンロー写真展」。

そこには、なみが知っている彼女の笑顔、そして知らなかった素顔が、沢山飾られておりました。

父の名も分からない私生児として生まれ、母親は精神病院への入退院を余儀なくされた為、

施設やあちこちの家をたらい回しにされ、育った少女時代。

50ドルのお金の為に、ヌード写真のモデルになったこと。

それが数年後の女優としての売り出し中に「スキャンダル」として発覚したとき、彼女は平然と認め、こう言ったそうです。

「あの時は、飢えていたんです。」

銀幕を飾った絶頂期。

そして、突然の死。

そして「女神」となり、今も人々を魅了してやまない彼女。

モンローはチーズケーキの様な女性だと、

そんな一文を初めて目にしたのは確か敬愛する森瑤子先生の小説かエッセイだったと思うのです。

その時、あまりモンローを知らなかったなみには、「チーズケーキ」と言う表現に、

「とても柔らかく、触れたら簡単にほろほろと崩れてしまう」そんな弱々しい、儚げなイメージを抱いたものでした。

そんな事をふと、思い出しながら、見上げた写真の数々は、たしかに「チーズケーキ」のようにも見えたのです。

溶けるような優しい笑顔。

天使のように無邪気な笑顔。

そして、時には憂いを帯びた、今にも消え入りそうな・・・笑顔。

でも、それは、ただのチーズケーキなどではなく。

きらきらと煌めき放つ、最高級のチーズケーキ。

弱々しく、儚げなどでは決してなく、写真からさえ、圧倒的な存在感さえ感じさせるような、

強く眩しい陽光にも似た、そんな輝きを見たのです。

彼女は女神などではなく、純粋な人間。

それも「生」そのものを自らの手で磨き上げ、輝かせた、美しく強い女性。

豊満な肉体だけでは決して無く、内側からの「生」の輝きを私達は無意識に感じとるのでしょう。

だからこそ、魅了されてしまう。

愛して、やまない。

なみはそんな風に感じたのです、御主人様。

手元にはその時に購入したブックログとチケットの半券。

そこにはこんな事が書いてあるです。

「Who is Marilyn? 私は自分に恋してしまったの。新しく生まれる自分に。」

なみはいつか、彼女のように、激しく自分に恋をする事ができるのでしょうか。

私自身を「私ごと」、愛おしいと、心から思うことが出来るようになるのでしょうか。

魔法を掛けられているのは御主人様とのとても短いお時間のみ。

こんなコンプレックスの固まりの様な私。

けれども、御主人様とご一緒の時間のなみが、「新しく生まれる自分」なのだとしたら。

もし仮に・・・そうなのだとしたら。

まだこの恋は始まったばかり・・・

そう、思いたいのです。


 ---------------------------------------------------------------


午前2時。

外は、久しぶりの大雨。

御主人様は、既に夢の中の住人でしょうか。

なみも早く、追いつきたいのだけれど、久しぶりの雨音が心地よく身体を刺激して、目が妙に冴えてしまっているのです。

どうせ眠れないのならば一人、静かに、この夜を楽しもうと、久しぶりに大好きなミルクたっぷりのカフェオレを淹れました。

そうして、大好きな物を、もう一つ。

クローゼットの奥からそおっと取り出した、御主人様から頂いたバンダナ。

大切に仕舞いすぎて、久しく手にとっていなかったもの。

今もまだ、それは微かに御主人様の匂い、温もりが残っているようで、

それをいつまでも残しておきたいなみは、今までただ、軽く触れることしか出来なかったのです。

でも・・・今日はちょっぴり冒険。

ほんの少し、特別。

バンダナを細く細く折りたたみ、唇で端をくわえ、両の手首に二重、三重・・・

そして軽くだけれども、解けないように、結わえて。

結び目を作り、唇を離した瞬間。

その途端に、広がって行く熱。

手首から腕、肩。

そして、身体。

頭の中に。

「まるで、御主人様に縛られているみたい。」

手首だけ、それも自分で行った物なのに。

身体全体を、きつく縛り上げられているような錯覚。

まともに座っていられなくなり、崩れた身体をソファに埋めると、聞こえるのは、なみの心音。

ドクドクドク・・・と、それは通常の何倍も早くて。

同時に身体の奥から何かが流れ出そうとしているのが、分かりました。

「駄目、抑えられない・・・」

そう思った瞬間、下着をつけていない太股を伝い流れ、白いロングワンピースを汚した、なみの体液。

こんな些細な事で、こんなにも変化してしまうようになった、なみの身体。

想像しただけでの細胞レベルの敏感な反応に、なんだかとても恥ずかしくて、つい、ため息がでてしまうのだけれど。

それも勿論、とても熱くて。

外を流れる雨の音。

そして、どこか遠くで聞こえる、蝉の声。

この雨の中、彼らは何処にいるのでしょうか。

御主人様と、前にお会いした頃には、まだ彼らは土の中、だったのに。

お会いできないこの数週間が、なみには何倍も長く感じています。

願わくば、彼らの声が途絶えてしまう前に、お会いできたら良いのだけれども・・・


 ------------------------------------------------------------------


台風が過ぎた後の街。

怒り狂った風が一緒に連れていってしまったようで、雲は一欠片も見あたらず、久しぶりの広い空。

空気はまだ水を含んだように重く、肌にまとわりつくよう。

そんな神戸の街を、なみは一人歩いてきました。

あまりの日差しに日傘を広げたのですが、残り香ならぬ、残り風は、ことごとく日傘の骨を折り続けるのです。

負けずに日傘を開き直すなみ、突風を送り込む空。

けれども・・・やはり自然には敵いません。

全ての骨を折られ、使い物にならなくなる前に、白旗を揚げました。

湊川神社に続く道。

銀杏並木も、この突風に随分と虐められたようです。

沢山の葉がそれは痛々しく散乱し、遊歩道をそれはそれは青く、染め上げていました。

そんな青い絨毯の中に、ひときわ目立つ固まりが一つ、二つ・・・

まだ小さな小さな青い実、銀杏の子供達。

よく見ると至る所に転がっていました。

秋の味覚と言われる物も、時期はずれに落ちてしまえば、これでお終い。

これから大きくなり、色づく所だったろうに。

ほんの少しせつなく、見上げた銀杏の木。

生きている無数の実。生きている青い葉。

日差しを照り返し輝いている、沢山の命。

そんな、なみにふんわりと落ちてきた一枚の銀杏の葉。

拾い上げてみると、葉の周りから中心へ、青から黄色く色づき始めておりました。

蝉の声もぐんと少なくなっている事に気づいたのも、その時。

止まらない季節

死を迎える命、そして次に息づく命。

ふと流れてきた海の匂い。

それさえももう「秋」の匂い。

そんな気がいたしました。

次の季節までもう目の前・・・なのですね、御主人様。

願わくば、もうあとほんの少しだけ、待っていてほしいのだけれども。


 ------------------------------------------------------------------------


悪いことは続くものだと、よく言うけれども、こんなにも身を持って知ったのは久しぶりな気がします。

ちょっと前に混乱の中からやっと自分を取り戻したというのに、再び混乱の海の中に、一人突き落とされた気さえして。

何故?

どうして私だけ?

こんなにも、心穏やかに過ごす事さえ許されないの?

何もかもが嫌になり、全てが許せなくて、一人潜り込んだ広いベッドの白いシーツの隙間。

閉め切ったベッドルームが、たちまち外界から切り離されるのを、なみは身体全体で感じていました。

閉所が苦手で、部屋を完全に閉め切ってしまったり、

空気の流れが感じられなくなると、圧迫感から息苦しさ、ついには過換気症状を起こしてしまう事さえあるくせに、

あの時のなみはそれさえ忘れていたのでしょう。

いいえ、望んでいたのかもしれません。

圧迫感が、徐々に身体を這い上がり、同時に呼吸が荒くなってくるのが手に取るように分かるのに。

そのまま、動くことさえ出来なくて、このまま押しつぶされてしまえたら。

いっそ、無くなってしまえたら・・・。

そうしたら、この混乱の苦しさから、あるいは逃れられるかもしれないのに。

そんな混乱の中、御主人様の携帯にお送りした短いメール。

なかなかお話したいことがまとまらず、震える指で、幾度書き直した事でしょう。

自分で決めなくてはならない事は、充分に分かっていたのです。

なんとしても自分の意見を貫き通さなくてはならない事も。

それが100%絶対的に私のエゴだと言う事も。

でも、それでも私は、怖かったのです。

私が御主人様のなみで無くなってしまうかもしれないと言う事に。

「いつでも傍に居る。大丈夫、俺はここにいる。」

いつか頂いた言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返していました。

そして、お送りしてさほど経たないうちに、メールの着信を告げる、部屋に響く「Merry Christmas Mr.Lawrence」。

そこにあったのは、間違いなく御主人様からのメール。

それはとても短い言葉達だったけれども。

御主人様にも、なみの動揺はもしかしたら伝わってしまったかもしれないけれど。

なみの強ばった心を溶かし、奮い立たせるには充分すぎる程の物でした。

御主人様、何故ですか?

どうして御主人様は、なみが一番欲しがっている言葉をいつも下さるのですか?

どうして・・・こんなにも見透かされてしまうのでしょうか?

あまりの混乱に、今までなみは泣くことさえも出来なかったのですよ。

定かで無くあやふやだった不安や辛さが、その時やっと形となって、

ぎゅっと握りしめた携帯に、頬から流れた涙の粒が幾つも伝い、白いシーツに砕けていきました。

そのままで、どれくらいの時が流れたでしょうか。

気が付けば、外は大雨。

ブラインド越しに、滴達が窓ガラスに体当たりをし、姿を変えて流れて行くのが見えました。

本格的な夏の終わりを告げる雨なのでしょうか。

窓を開けると、雨風に冷やされた大気が、なみの身体をひんやりと撫でて行きました。

「明日の朝までは降り続くでしょう。」

そんな事をニュースで言っていたのを思い出しました。

そして、雨が上がったら、晴れ渡った青い空がいっぱいに広がるでしょうとも。

・・・もう、泣くのはお終い。

なみの中に残った涙は、その分、思い切り空に泣いて頂きましょう。

そんな時間があるのなら、一分、一秒でも長く、私は御主人様のなみで居たいのだから。

涙を落とすには、まだまだ早いのですよね。

御主人様から頂いた言葉達は、そうなみに語りかけてくれたのだから。

御主人様、

なみは、ずっとずっと、御主人様のお側におります。