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皆既月食があった。

何も知らなかった私は、もう少し遅くに帰宅していればこの世紀の天文ショーを見逃すところだった。

何でも皆既月食としては非常に長時間なものだそうで、

次に起きるのはおそらく人類も絶滅しているのではないかと思われる程に遥か先のことだ。

缶ビールと枝豆を手にベランダに腰掛けると、視力が落ち始めた眼を細めてはうす赤い月を眺めた。

しかし、「風流な....」とは言い難い。

はっきり言って不気味だった。

そこでふと思う。

太古の時代の人々はこれを見てどう思っただろうか?

おそらくは村中で大騒ぎになったに違いない。

しかし、私たちは今、何故月がそうなるのか原因を知っている。

だから、月が消え、赤く染まろうが、決してパニックには陥らない。

これ全て天文学のおかげだ。

あるいは、天文学のせいだと言っもいい。

幼い頃、火星には宇宙人がいて、いつか地球を攻撃してくるのではないだろうか?

その時、ウルトラセブンは来てくれるのだろうか?

などということを真剣に考えていた時期がある。

しかし今、火星に宇宙人の基地はなく、それどころか緑もなく水もない星であるということを、映像をもって知らされた。

まるで、ウルトラセブンは実はピアノ線で吊り下げられていたと知ったときのようでもあり、

その科学的技術は想像力を著しく退化させた。

さるパーティーにて、

「スパンキングや鞭打ちがなぜ快感かというと、

人間は無意識の内に痛みに耐えようとして 〇〇〇〇(忘れた)を分泌するんですよ。

それには感覚剥奪の効果もあって、一定以上分泌されると意識が飛び始めて気持ちいいので...」

その後もSMの生理学的講釈は続いた。

先方とて悪気があったわけではないだろう。

しかし、そんな現実的な話は私にはどうでもいいことだし、興味もない。

グラスの酒が切れたのを幸いに、私は席を立ったままもうそこへは戻らなかった。

SMに想像力は必要不可欠だ。

男性においては、想像世界と現実世界の一致に至福を感じる。

想像の過程を経なければ、その喜びも、強いてはありがたみも半減だ。

すなわち、想像力は女性に対する感謝や、大切にしたいという気持ちも生む。

女性においては、羞恥の源泉すなわち想像力であり、

これが欠落した女性はいかに素晴らしい容姿であっても調教欲はそそらない。

こう述べるのは、私が現実よりもロマンを重視する文系調教師だからだ。

だから、何事も法則化したがる理系調教師とは話が合わないし、

一緒に喫茶店でお茶を飲んでも話に窮する。

「M女性はなぜ縛ると感じると思いますか?」と問われれば、「そんなの分からない」と答える。

SMについて妙にウンチク、学問ぶった人を散見する。

月食を見て、そんなことを思い出した。

アドレナリンにインシュリン、マルターゼ、スクラーゼ、ペプチターゼ...

果てはM女性の定義とはこれこれしかじかで、SMとはかくあるべし。

しかるに君はうんぬんかんぬん...

虫の居所が悪ければ裏拳の一発でも入れていたかもしれない。

何事も定義されてしまえば想像力は退化するし、

凝り固まった考えはいつしか自身の誤りも修正できなくなる。

M女性はいじめれば喜ぶだって?

そんなのとんでもない!!

M女性は縛れば感じるだって?

そんなのとんでもない!!

M女性は焦らせば燃えるだって?

そんなのとんでもない!!

この世界、若くして妙に論評を好む人も多いが、あれも年寄り臭くて好きになれないし、

そんな議論の中に入れない、あるいは入らない自分を決して無知とも思わない。

語るのは引退してから、悟ってからで結構。

まして他人のスタイルを否定できるわけもない。

私は理屈でなく感性で調教するタイプの男だ。

図面に描かれたようなプレイには興味ない。

無定義、アバウトさ、言い換えれば臨機応変さは私が私であるがゆえだ。


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